東京オリンピックの体操競技で、日本女子選手として初めて、個人種目でのメダルを獲得。現役引退後は、次世代の選手を育てるために指導者として活動している。並外れた忍耐力と向上心を持つ彼女が、次に目指す道はどんなものなのだろうか。日々の暮らしから今後の目標まで、さまざまな質問に答えてもらったインタビュー。
いつも騒がしくしている、活発な子だったらしいです。姉と兄がいて、小さい頃から兄が体操をしていたので、兄を待っている間に私も一緒に遊んでいました。二歳ぐらいの頃から、マットで転がったり、トランポリンでジャンプしたり。保育園に入ってからも、女の子たちはみんな折り紙で遊んでいるのに、私一人だけ男の子に混じってサッカーをしていました。小学校に入ってからも、同じですね。昼休みにジャージで外に出て。中学生の頃も……鬼ごっこをしていましたね。高校に入ってから、お昼休みに外に出たら誰も遊んでいなくて「あ、高校ってそういう感じ?」と。体を使った遊びをするのって、今思えばすごく大事だったんだなと思います。
私が小さな頃は、外で遊ぶことがメインという感覚でした。鬼ごっこをしたり、サッカーをしたりして遊ぶ中で、持久力や、体の感覚を身につけていったんだと思います。裸足で走ることも、すごく大事で。平均台を足の裏の感覚で把握するときなんかにも、こういう経験が生きてきます。最近は、公園の遊具が少なくなったり、家で遊べるゲームが増えて来たので外で遊ぶ機会が減ってきました。環境の中での身体感覚や体力が、育ちにくくなっているのかなと思います。だから今は、小さい子のいる体操クラブなんかでは、そこからトレーニングが始まります。手や足でものを掴んだり、鉄棒に5秒間ぶら下がって、ポンとおりる、とか。小さい頃の感覚って、大事ですよね。もちろん、一つの技術の正解は一つだけではないですから、いろんなやり方があっていいとも思っています。
はい。体操の技ひとつとっても、技術的な分析からアプローチする選手もいれば、状態や感覚からアプローチする選手もいます。私が自分の感覚を伝えても、それが全く違うものだと、ぶつかったりもします。やり方を変えるのが怖くて、なかなかチャレンジできない、という選手もいますし。それでも根気強く伝えていって、実際にその選手に伝わって、新しい方法ができるようになったときは、すごく嬉しいです。「こういう感覚もあるんだ」という顔をしてくれるんですよ。今までは、そういう体験はなかったので。自分が選手だった頃は、自分で自分の感覚を、頭で考えていることとすり合わせていって、達成感を得る、という感じでした。それを人にやらせるというのは、結構難しいので、地道な努力ですね。
自分が体操をしているときって、自分の頭の中に、自分の体があるんですよ。それを操っている。でも、他の選手を指導するときは、その選手の体を自分の頭の中に入れなくちゃいけない。三人いる、っていうか。選手と、私と、私の頭の中に。この、「頭の中にある体」を完璧に操れるようになると、的確なアドバイスができる指導者になれるんじゃないかな、って思っています。こういうことを選手に言うと、「?」という顔をされるんですけど(笑)。
みんなすごく素直な反応を顔に出してくれます。嫌なときは嫌そうな顔をしますし、「やってみたいです」と目をキラキラさせる子もいますし。何度も挑戦して頑張っているけれど、ちょっと困っているんだな、というのも、見ていてわかったり。自分に余裕ができると、みんなそういう顔を見せていたんだなあ、と気付きました。すごく面白いです。
選手だった頃は、練習は好きだけど、「今日も疲れているのに動かなきゃいけない」という感覚がありました。ちょっと辛いときは、体育館に来るのが嫌なときもあったんです。今は逆に、「体育館に行きたい!」って毎日思って来ています。毎日、選手たちの成果を見るのが楽しいし、かれらのことをちょっとでも良くするために、行きたいって思うんです。
家に帰っても、「あのときこうやってコメントしてあげたらよかった」「こういうアドバイスがあった」とか考えたりしています。常に選手のことを考えていますね。
2021年の10月末に引退して、それからしっかり休んで、2022年の4月から、しっかり仕事をしよう、と思っていたんです。21年間、ずーっと体操をしてきたから、もう思いっきり遊んでやろうと。でも、引退して三日後ぐらいにはもう「体育館、行きたいなあ」って思ってました。「今ごろ、選手たちは練習しているんだなあ」って思うと、自分が置いていかれそうな感覚になったというのもあります。でもそれ以上に、あらためて、体操が好きなんだなあ、って。
なんだろう、何かしないと落ち着かないタイプなのかな。「休んでいいよ」って言われると「いや大丈夫です」みたいな。でも「体操して」って言われると「休みたいな」って(笑)。でも結局は、体操が好きなんだと思います。引退してから、いきなり違うこと、例えば一般企業での就職みたいな道に踏み出すのもありだと思っていたのですが、やっぱり体操から離れるのは無理だなって。体操が一番だし、そうやって生活してきたので、体操のことは知り尽くしている。だから、それを生かした仕事に就こうと思いました。
今後の人生の方が長いんですけど、私の最大の目標は達成しちゃったんですよ。だから、今は正直「もういつ終わってもいい」って思ってます。オリンピックでメダルを獲るっていうことを、最大の目標にしていたので……もう後悔はないんです。メダルを獲得できて、家族に電話したときに、親は「もういつ死んでもいい」って言っていました。やっと仕事が終わった、って。「死なないでね」って返事しました。長生きしてね、って。
今日が最後だったら、孤独に終わるのは嫌だから、いろんな人に全力でお礼を言いに行きたいです。ありがとうございました、って。普段はね、恥ずかしくて言えないんですよ。