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MAGAZINE
STYLE OF MASHIRO

フォトグラファーヨシダ ナギ
NAGI YOSHIDA
PART.2

写真家。アフリカをはじめとする少数民族やドラァグ・クイーンなど、自身にとっての「ヒーロー」を撮影し続けている。独自の感覚や生き方をクリアに言語化したエッセイ群も好評だ。高い評価を得た写真家でありながら「写真は好きじゃない」と語る彼女は、日々、どんなことを考えているのか。

あなたたちのこういう姿をみんなに見せたかったんだよ、って。
やっぱりかれらは格好いいなあって思います。

被写体と心が通った! という瞬間はありますか?

どの民族も、素人の顔からプロの顔に変わる瞬間があるんですよ。
私が撮影している少数民族の人たちはみんな、撮影経験がない人たちです。だから、最初の撮影ってすごくハラハラします。棒立ちだったり、照れくさそうだったり、カメラを見てくれなかったりとかして。いつも必ず「大丈夫かな」って思うんです。でも、二日目、三日目ぐらいになると、かれらはもう、私が何を求めているのかをわかってくれているんです。フレームに入ってきた瞬間から、完璧なポージングを見せてくれる。「お前の言ってることはわかってる」っていう顔で、プロのオーラをもったモデルに切り替わる。そういうときは本当に感動します。「自分の目は間違ってなかった、あなたたちのこういう姿をみんなに見せたかったんだよ」って。やっぱりかれらは格好いいなあって思います。

近年はドラァグ・クイーンの方々も撮影されていますよね。彼女たちを撮るときも、同じような瞬間はありますか?

ドラァグ・クイーンの方たちは見せることや撮られることがお仕事なので、むしろ撮るというより「撮らされているなあ」なんて思いながら撮影しています。それもすごく楽でいいのだけど。彼女たちの見せたい姿と、私が見せたい姿との不一致があったときに、私がしたかった方を見てもらって「なんだ、こっちの方がいいじゃん」って合意できたときは、心の中でガッツポーズしてます。
撮影中、ぜったいに右側しか向いてくれない子がいたんです。コンプレックスがあって、片方の向きしか撮って欲しくない、という。コンプレックスそのものは、あっても全然いいと思うんですけど、「こちら側だと彼女の魅力が出ないんじゃないかな」と思って、私は逆を向いてもらおうと頑張ったんです。そうしたら、すごく喧嘩腰になられて。でも「騙されたと思って、一回、私の言った通りにやってくれないかな?」って言って、撮影をして。撮ったものを見せたら、「あんたいい仕事してる」って言ってくれたんです。嬉しかったです。

そっちの方が良かった、と。すごく勇気のいる提案ですよね。

私は、写真を撮るときは「自分の構図が綺麗に見える」とか「色味が格好いい」とか、そういうことよりもモデルさんが一番綺麗に見える姿をおさえたい。だから、彼女たちが喜んでくれたらいいなって。
そのために、ずっと相手の顔を見てます。「何がこの子のコンプレックスなんだろう」と。隠したいことがあると、それが仕草にあらわれるので。それは、隠してあげたい。私だったら、隠してほしい。
コンプレックスを隠せば、きっとその子の自信が表に出てくると思うので。

コンプレックスを見抜くのって、すごく難しいですよね。

でも私がモデルだったら、見抜いてほしいって思います。自分が被写体となって撮られたときに、「なんでこの人は、これがいいって思って撮ったんだろう?」って思ったことがあって。そういうことがあると、すごく嫌な思いをするので、相手にはそんな思いをしてほしくない。変な姿を撮られてしまったら、それがずっとネットに残り続けるじゃないですか。「いつの素材を引っ張ってくるんだよ」っていう写真を、あえて使う人がいる。だから、どの写真を選ばれてもその子が必ず格好良く写るものがネットに残ったらいいなって思う。

アフリカの少数民族の方たちも、どう撮られるかを気にしますか?

かれらに関しては、それはないですね。カメラのことをあまり分かってない人たちもいて、それが今後どういうものになるかのイメージもなかったり。私の写真はドキュメンタリー写真じゃないので、ポーズを決めて撮るんですけど、「なんで同じポーズで5分も10分も立ってなきゃいけないんだろう」と。だから一応、「こんなの撮ってますよ」って見せて。マサイ族とか、文明の利器に触れている人たちは「ああ、こうなるんだ」と想像できるのですが、他の子達は「ふうん」という反応です。

写真のイメージがあまりない人たちに、長時間同じポーズをとり続けてもらうのは、ものすごく大変なのでは?

もう本当に、写真の上手い下手ではなくて、そこを評価してほしくて(笑)!
私のカメラの前で、かれらが1時間、同じポーズをとってくれてるってことを評価してほしい。私のコミュニケーションを。
撮影のアポイントメントをとっても、時間の概念がない民族がいて、何時に集合というのができない場合があるんです。だから、待ってても来ない。朝の3時に起きて、かれらの家を一軒一軒訪れて、無理矢理ピックアップして。「着替えて!」ってお尻を叩きながら、撮影現場まで連れて行って。「1時間で終わるから」と説得して、撮影して……。

ものすごく苦労して撮影に連れ出す、と。モデルさんたちから抵抗されることはあるんですか?

かれらからすると、年に一回、会いに来るか来ないかの親戚のおばちゃん、みたいな感覚なんでしょうね。「お年玉くれるからオーケー」みたいな。そんな距離感なので、頼めばやってくれる。民族によっては撮影を楽しんでいる人たちもいるし、「ナギだから我慢して付き合うんだよ」って言う人たちもいます。他の人たちにこれを頼まれても、やらない、って。撮影そのものを楽しんでなくても、撮っているとかれらの顔が変わる瞬間はあるから、やっていて良かったって思います。

これだけの作品を撮りながらも、「写真は好きじゃない」と……。

好きじゃないですね。本当は、アフリカにいるときはもっと昼間にかれらと一緒に遊びたいのに、ロケハン行かなきゃいけないとか、構図とか、いろんなこと考えなきゃいけない。せっかく遠い場所にいるのに、なにも楽しくない。撮影終わるまで楽しくない。「カメラさえなければ」って思うんです。カメラ壊れてくんないかな、って。日常生活でカメラを見るのがすごく嫌なので、撮影するときにしか持たないようにしてるんですが、一回、久々に使ったらシャッターボタンの場所すらわからなくなっていて、びっくりしました。

写真やカメラが嫌い、というわけでもない?

興味がないだけで、嫌いではないです。ボタン押すだけで撮れるし。今は立派なカメラがあって、ボタンを押すだけで撮れるっていうのが、すごくいいなって思います。カメラを学んでいないのに、ボタンを押しただけで褒められて、デジタルカメラがある世の中で良かったなと。もしフィルムしかない世界だったら、カメラマンにはなれてなかったと思います。でもやっぱり、カメラは「なんか見たくない、ノルマのもの」と言う感じで。重たいお守りというか。新しくて軽いものもいっぱい出ているのですが、一から覚えなきゃいけないってなると、怖い。なくなるまでは今のD810でいい。この機種がなくなったらカメラやめようかな。

この2年半ほどの世界的な変化で、ヨシダさんの心境に変化はありましたか?

今まで自分が見ていた世界とか、かれらを撮影していた時間というのが、尊いものだったんだなって気づきました。すごく今更ですけど、それが当たり前になってしまっていたので。それから、一瞬、「写真を撮りにいきたい」って思ってしまいました……不覚にも(笑)。

PROFILE

フォトグラファーヨシダナギ

1986年生まれ フォトグラファー 独学で写真を学び、
2009年より単身アフリカへ
以来アフリカをはじめとする世界中の少数民族を撮影、発表。
唯一無二の色彩と直感的な生き方が評価され
2017年日経ビジネス誌で「次代を創る100人」へ選出
また同年、講談社出版文化賞 写真賞を受賞